2021年のスライド資料だけど、たまたま𝕏に流れているを見かけました。
このスライドでEytzinger Layoutという配列をはじめて知ったのでメモ。
Eytzinger Layout
16世紀のオーストリアの貴族Michaël Eytzingerが考案したことから、この名前がついたそうです。 もともとはヨーロッパの王様の家系図に番号をつけるための方法です。 ある人物の番号が$k$のとき、父親に$2k$、母親に$2k+1$と番号をつけます。 このルールを使うと家系図に登場するすべての人物にユニークな番号をふることができます。
この番号付けのルールをバイナリツリーに応用すると、ツリー構造をポインターを使わずに表現できます。 二分ヒープを配列で表現するときの実装としてよく登場するのを目にします。 こういう名前がついているのは知らなかった。
バイナリサーチとEytzinger Layoutの関係
イマドキのCPUは非常に高速で、CPUの動作速度と比べてメモリーへの読み書きすら遅い、というレベルです。 この速度差を解消すべく、イマドキCPUはコア上にキャッシュと持っています。 読み書きの頻度の多いメモリー領域をキャッシュ上に保存することで、高速な動作を保っています。
さて、バイナリサーチはソート済みの配列から$\log n$オーダーで要素を検索する方法です。 しかし、通常のバイナリサーチはメモリーのアクセスパターンが複雑なため、CPUのキャッシュと非常に相性が悪いです。
そこでEytzinger Layoutの出番です。 Eytzinger Layoutを利用するとよくアクセスされる要素が隣接するようになります。 これによりCPUキャッシュのヒット率をあげようという作戦です。 冒頭のスライドや、以下の記事で詳しく説明されています(図があるとわかりやすいけど、面倒で力尽きた)。
実装
Goで実装してみました。
ソート済みの配列からEytzinger Layoutへの変換は、再帰を使うと簡単に実装できます。 (参考: Eytzinger Binary Search)
// https://github.com/shogo82148/go-eytzinger/blob/cd9c2f8a9657333f29a6b645cb2587322295ef3a/eytzinger.go#L8-L34
// Eytzinger rearranges the elements of a slice into a cache friendly binary tree
// as known as [Eytzinger Layout].
// The slice must be sorted in increasing order.
//
// [Eytzinger Layout]: https://en.wikipedia.org/wiki/Binary_tree#Arrays
func Eytzinger[S ~[]E, E any](a S) S {
b := make(S, len(a))
ctx := &eytzingerContext[S, E]{a: a, b: b}
ctx.eytzinger(0, 0)
return b
}
type eytzingerContext[S ~[]E, E any] struct {
a S // input slice
b S // output slice
}
// based on https://algorithmica.org/en/eytzinger
func (ctx *eytzingerContext[S, E]) eytzinger(i, k int) int {
if k < len(ctx.a) {
i = ctx.eytzinger(i, 2*k+1)
ctx.b[k] = ctx.a[i]
i++
i = ctx.eytzinger(i, 2*k+2)
}
return i
}
検索の実装例です。
実装の参考にした記事では、GCCの組み込み関数である__builtin_ffs
を使用しています。
Goに直接これに対応する関数はありませんが、標準ライブラリのmath/bits.TrailingZeros
を使用すると簡単に移植できます。
// https://github.com/shogo82148/go-eytzinger/blob/cd9c2f8a9657333f29a6b645cb2587322295ef3a/eytzinger.go#L55-L71
// Search searches for target in a Eytzinger Layout slice.
func Search[S ~[]E, E cmp.Ordered](x S, target E) (int, bool) {
k := 1
for k <= len(x) {
if cmp.Less(x[k-1], target) {
k = 2*k + 1
} else {
k = 2 * k
}
}
k >>= bits.TrailingZeros(^uint(k)) + 1
if k == 0 {
return len(x), false
}
k--
return k, k < len(x) && (x[k] == target || isNaN(target) && isNaN(x[k]))
}
ベンチマーク
MacBook Pro 2021(CPU Apple M1 Pro, Memory 32GB)でベンチマークを取ってみました。
検索
[]int
から毎回ランダムな整数を検索するベンチマークを書きました。
以下に実行結果をしめします。
eytzinger.Search
がEytzinger Layoutに並べ替えてから検索した結果、slice.BinarySearch
はslices.BinarySearch)(先週リリースされたGo 1.21.0の新機能です!)の結果です。
縦軸は検索1回あたりの処理時間、横軸は要素数の対数を取ったものです。Apple M1 Proでint
は8バイトなので、横軸の数字を$n$とすると、検索対象の配列は$8\times2^n$バイトの大きさを持っています。
「オーバーヘッド」はランダムな整数を生成する時間のにかかった時間です。
8MB(グラフだと20のあたり)の前後でグラフの傾きが大きく変わっていることが読み取れます。 Apple M1 ProのL2 cacheが12MBらしいので、L2キャッシュにヒットしなくなったのでしょう。 知識として知っていても、実際に確認できるとなんだかおもしろいですね。
Eytzinger Layout並べ替え
Eytzinger Layoutに並べ替えるのにかかった時間についてもベンチマークを取ってみました。
両対数グラフで直線状になったので、$O(n)$のオーダーっぽいです。 代入の回数は各要素につき1回なので、納得の結果ですね。
unisegへの応用
いやーちょうどバイナリサーチが遅くて困っていてですね。こういう情報ほしかったんです。 そういうわけで高速化できるか試してみました。
rivo/unisegは文字列を書記素クラスターに分割するライブラリです。 書記素クラスターへの分割アルゴリズムはUnicode Standard Annex #14で定義されています。 Unicode Standard Annex #14では、Unicodeに収録されているすべての文字について 「この文字のあとでは分割してはいけないよ」「この文字のあとでは分割してもいいよ」というような属性を付与しています(あくまでもイメージで実際にはもっと複雑)。 この属性の検索にバイナリサーチを利用しているのですが、検索コストが無視できません。 実際にベンチマークを取ってみると実行時間の50%をバイナリサーチに使っていることがわかりました (pprofで解析した結果)。
Eytzinger Layoutに並べ替えたら早くなるのでは? と考え、実際にEytzinger Layoutに並べ替えてみました。
goos: darwin
goarch: arm64
pkg: github.com/shogo82148/uniseg
│ .old.txt │ .new.txt │
│ sec/op │ sec/op vs base │
GraphemesClass-10 8.553µ ± 0% 8.233µ ± 0% -3.74% (p=0.000 n=10)
GraphemesFunctionBytes-10 3.059µ ± 1% 2.621µ ± 0% -14.32% (p=0.000 n=10)
GraphemesFunctionString-10 3.039µ ± 0% 2.621µ ± 0% -13.74% (p=0.000 n=10)
LineFunctionBytes-10 2.817µ ± 0% 2.908µ ± 0% +3.21% (p=0.000 n=10)
LineFunctionString-10 2.844µ ± 0% 2.903µ ± 0% +2.09% (p=0.000 n=10)
SentenceFunctionBytes-10 2.038µ ± 0% 1.701µ ± 0% -16.56% (p=0.000 n=10)
SentenceFunctionString-10 2.057µ ± 0% 1.704µ ± 0% -17.19% (p=0.000 n=10)
StepBytes-10 8.209µ ± 0% 7.651µ ± 0% -6.79% (p=0.000 n=10)
StepString-10 8.149µ ± 1% 7.640µ ± 0% -6.25% (p=0.000 n=10)
WordFunctionBytes-10 1.876µ ± 0% 1.762µ ± 0% -6.05% (p=0.000 n=10)
WordFunctionString-10 1.876µ ± 0% 1.749µ ± 0% -6.77% (p=0.000 n=10)
geomean 3.366µ 3.094µ -8.07%
なんだか遅くなっている項目もあるけど、全体としては早くなっているのでヨシ! (ちゃんとした考察は誰かに任せた・・・)
rivo/unisegへ取り込んでもらうかは考え中・・・ まだプルリクエスト出してないけど、「コードが複雑になってわかりにくい」と言われそう。
まとめ
- GoでEytzinger Layoutを使ったバイナリサーチを試してみました
- 今回試した範囲では、12MBを超えるようなデーターでとくに効果がある
- rivo/unisegに適用してベンチマークを取ってみました
- 速くなりそう!
- 標準ライブラリ最高!
- って書いておかないといけない気がした
- slices.BinarySearch最高!